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2021/01/12

三岳城

 「三岳城」は、先日紹介した三岳山の頂きに築かれた山城で、南北朝時代に、井伊道政が築城したといわれています。後醍醐天皇の皇子、宗良親王を井伊谷に迎えると、道政は三岳城を修築。ここが南朝方の拠点となりました。
 戦国時代に入り、遠江の守護職をめぐって、斯波氏と今川氏が争うようになると、井伊氏は斯波氏に属し、今川と戦いました。
 1510年に三岳城が今川軍の攻撃にさらされると、井伊家は引間城(浜松)の大河内氏と結び交戦。しかし、3年以上の戦いの末に、今川の武将、朝比奈泰以の猛攻によって陥落しました。
 その後も戦略上の重要拠点とされ、武田信玄や徳川家康などによって、曲輪の造営が行われたそうです。

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 三岳神社横の案内板。

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 二の城址案内板。
 
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 虎口脇の「二代箒松」石碑。

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 同じく虎口にあった案内板。
 元々は修験の場であったという… そういった峻険な地形を生かして要塞化していたんですな。

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 三岳山の頂にある、説明板と石碑。
 直虎さんもここから景色を楽しんだのでしょうか。いや、そんな余裕はなかったか?

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 西側の斜面に設けられた雛壇状の帯曲輪跡。

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